熊本県天草市にある丸尾焼という窯元の窯元日記です。陶芸に興味のある方はチェックすると面白いかも・
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2012年04月05日
仕事場の今月の製造予定をみんなに配布した。今月は比較的人気の高い作品を、数を沢山作るというやり方で仕事の予定を組んだので、種類よりも一つの作品の数が多いという製造予定となった。みんなが少し驚きの表情を浮かべたりしたのだが、私としても考えに考え抜いた仕事の進め方なので、このやり方で今月は徹底していきたいと思っている。今のスタッフはすでにかなりの仕事が出来るようになっているにも関わらず、そのことに対しての自覚が今一つ欠けている。今月からは仕事に対して数をしっかりとこなすという方向へ、仕事のやり方自体を変えていきたいと考えているので、その事も踏まえてミーティングを行った。
今の時代は多品目少量生産の時代だと私は考えているが、多品目の時代でも売れ筋の作品とそうでない作品が存在する。試しに先月から在庫をしっかりと調べて、絵付けの種類も調べてみたのだが、売れるモノと売れないモノがはっきりと数字になって現れてきた。同じ形の作品でも絵付けによっては売れるモノと売れないモノが明確になってきたのだ。今までの製造数は一つの種類に対して120個程度が基本になっていた。この数に種類毎の模様を振り分けると、一つの模様に対して20個程度の作品という振り分けになってしまう。在庫の所で売れる模様塗装でないモノとにかなりの差が出ていたので、同じ作品でも人気の高い文様はすぐに売り切れて、そうでないモノは何時までも残ると言うことが見受けられたのだ。
先月は贈答のシーズンだったので特にこのことが顕著になっていて、人気の高い作品はあっと言う間に売り切れてしまい、そうでない作品は何時までも残るという状況になっていた。工房では出来るだけ人気の高い作品を並べておきたいのだが、そういった作品はすぐに売れてしまい、同じ形の作品でも時期を得ていないも用の作品が残ってしまう。勿論それだけではないのだが、売れ筋のモノを集中的に作るという方向で、今月は仕事を進めていきたいと考えたのだ。
今のスタッフは経験値がかなり高くなってきていて、個人の製造能力もかなり上向いている。こういう時に特に重要なことは、1人1人に作る作品を明示して個別の製造力を高めていく必要がある。仕事の出来高を一気に高めることによって彼ら1人1人が自信を深め、モノを作ることに対しての興味を高めていくことが出来る。私の狙いはそういったところなのだが、果たして目論見通りにことが進んでいくかどうかは、これからの私の差配にかかっている。一生この仕事を続けていくために一番重要な技術は同じ作品を根気強く沢山作るという技術だ。これがプロとして最初に獲得しなければならない技術なのだが、今の工房のスタッフはこの技術を獲得する一つ前の段階の人が多い。出来れば暫くこの仕事の進め方で1日に出来る作品の量を増やしていきたいと考えている。それがある程度出来るようになると、私の仕事場一段ステップアップ出来るようになると思う。あと一息をしっかりと登りたい。。。
| 陶芸
| 18:12
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2012年04月05日
エイプリルフール。。。今年のエイプリールフールは盛り上がりに欠けていた。景気が悪いと言うことも一因かも知れないが、なんとなくがははは・・・と笑えるようなニュースが少なかったように思う。もっともエイプリールフール自体、日本で始まったことではなく、欧米の風習なのであまり日本では盛んにならないのかも知れないが、春を感じる一つのエポックとしては、とても面白い風習だと思う。以前は工房でも色々なことをしでかす人達がいたのだが、今はみんな真面目なのだろう。積極的に春先の陽気を楽しむ人達があまりいないのは少し寂しい気もしている。もっとも今日は工房は休みなのでほとんどの人が工房に来ていなかったと言うこともあるのだけれど・・・
展示室は今日も多くのお客さんに来て頂いたが、今日からは移動シーズンが終わり、観光客が多いように思えた。昨日までは箱に詰める贈答品が多かったが、今日からは簡易包装のお客さんが多い。旅先で焼物を求めるお客さん達は荷物として嵩張ることを嫌うので、簡易包装を希望する人達が多い。昨日までは贈り物中心のお客さんだったが、今日は遠方から来たというお客さんが多かったようだ。贈答シーズンが終わり観光シーズンへと季節もまた移りつつある。毎年のことではあるが、確実に季節は春に向かっている。
私は一日中。今月作る作品について考えていた。明日からスタッフが作る作品を決めておかないと仕事が停滞してしまうからだ。先月から何を作るのかについて今までよりも周到に決めている。製造に関しては今は上向きの時期に入りつつあるので、作るモノをあらかじめしっかりと決めておく必要がある。システムを考え続けていると最近の日記に書き続けているが、その一番の根幹が次に何を作るのかをしっかりと考えて、スタッフに指示を出すことだと私は考えている。何を作るのかについてみんながこれから一月間の仕事を把握していると、生産量が著しく伸びていくはずで、今月は先月よりも更に進化した形で何を作るのかを考えている。
製造に関しては先月から始めた何を作るのかを明示するやり方が、かなり効果を発揮していると思う。最終的に成果が出てくるのは恐らく来月になると思うのだが、今の段階でも少しずつ効果が出てきていると思う。理想的に言えばもう一息詳細な指示を出せるようになればと思うが、あまり一気に何もかも変えてしまうと、消化不良を起こしてしまう恐れがあるので、毎月少しずつ難易度を高めていって半年後に明確な形が出てくればいいと思ったりしているのだ。システムとして作り上げることが出来れば、それから先はクルージング出来るようになると思う。それが日本語で言う仕組みなのだろう。仕組みをしっかりと作り上げること。今の私はその事に集中している。
| 陶芸
| 17:31
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2012年04月04日
3月は去ると言われるが、言われる如くあっと言う間に時が流れていった。バタバタと時が過ぎていくのはこの歳になるとどんどん思い知らされることでもある。小さい頃は時間はいくらでもあると思っていた。怠惰な私に父や母が時は金也と・・・様々な局面でこことを行っていたのだが、その頃の私は実にのんびりと構えていて、時間は無限にあるとさえ思っていた。誰かが歳を取ることは人生の時間軸の分母が大きくなることで、10歳の一年は人生の10分の1の時間だが、50歳の一年は人生の50分の1になるのだと、諭してくれた人がいた。確かに今の私にとっての一年は人生の50分の1より小さくなっていて、はてさてこれからどんな人生が待ち受けているのだろうと、月末の忙しさの中にあってそんなことを考えたりしている。
今月はどんな月だったかと考えてみると、かなり工房の体系が出来上がってきたように思う。システムと言うことを今月は盛んに書いたが、私自身が考えていたことが次第に出来上がりつつある。システムを構築するのは、大変な作業ではあるが、大変な思いをしてまで作り上げる理由は大変な思いをしなくて済むようにだと思う。何も考えずに仕事を進めていくと組織自体が烏合の集団になっていく可能性があるからだ。システムを作り上げる最大の理由は最小の労力で最大の効果を上げるためにあると思うが、そのためには合理的な思考が大切になる。合理があって初めて的確なガイドラインが見つかり、その結果としてどう動けばいいのかが見えてくるからだ。システムは仕事を知り尽くした人間が作らなければ絵に描いた餅だ。今の工房はスタッフが伸び盛りを迎えているので、しっかりとシステムを構築出来れば画期的な効果が出てくるだろうと思っている。
モノを作る仕事は特別にインテリジェンスを伴う行為だと私は考えている。特に陶芸のような土を掘り出して作品を作り、出来上がった作品を販売するまでに至一連の行為を最初から最後まで出来なければならない仕事は、単に土を作るだけでは、単に形を作るだけでは、単に焼物を焼くだけでは駄目で、全ての行為を平均点以上のレベルで勧めることが出来て初めて完結する仕事だと思う。明治の初めこの国が産業革命を比較的簡単に受け入れることが出来た理由も、実のところ手職の現場に存在していた合理的考え方が、仕事の現場に存在していたからだと思う。近代の黎明がすでにそこに存在していたから日本の近代化はあっと言う間に出来上がったのだろう。
システムを和訳すると仕組みと言うことになるらしい。仕組みという表現は日本人にとっては馴染みが深い言葉だと思う。つまり、日本人は仕組みという概念をしっかりと持っていたのだと思う。私の仕事は基本的にはこの国の歴史とあまり変わらないくらいの時間軸で展開されてきた仕事だが、長い歴史の中で培われてきたことは、合理的な考え方で仕組みを作り上げるという行為が連綿と繰り返されたのだと思う。システムという言葉を使うと、何だか小難しいことのように感じるのだが、実際の所は生産性を向上させるための仕組みというのが実体だと思う。つまり、モノを作るという仕事においてシステムを完成させると言うことは、モノを合理的に作るための仕組みを考える事であり、それが普遍的に存在していたから、陶芸という仕事は基本的にはとても合理的な仕事だと思う。システムをと色々考え続けることはつまりはそういうことなのだと考えている。
| 陶芸
| 11:59
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2012年03月30日
月曜日には仕事が待っているからだ。
日記に関しては、この日記のタイトルは窯元日記となっている。窯元は私にとっては職業で、この仕事は私のアイデンティとなっている。とすれば窯元という名称が付いた以上、この仕事は職業的な意味合いを強く保ちながら書いていると言うことになる。勿論、陶芸以外のことも書いてはいるが、基本的には陶芸のことを中心とした内容になっていると思う。電脳のことを書いたり、仕事の周辺のことを書いたりすることもあるが、その全ても自分にとっては仕事の範疇に含まれると考えている。そう言う意味ではこの日記もプロフェッショナルの日記だと言えるだろう。私は文筆家ではないし、著作業でもないので、文章の内容に関しては保証するわけではないが、窯元という仕事がどういった行為で成り立っているのかについては、この日記を読んで頂ければ、大体のことは把握出来ると思う。窯元という仕事は端で見ているよりも、実に多くの種類の仕事を展開しなければならないことが良く判ると思う。陶芸という仕事はある意味ではオールマイティでなければならないと言うことが実感出来るはずだ。土を掘り出し・・・焼成して、作品として販売する。何もないところから作品を創り出す仕事が陶芸という行為なのだと思う。
今回、窯元日記が滞った理由の一つが、私自身これから先の仕事の展開を考えていたからだ。工房には若い人が多いのだが、彼らもこの数年でかなりの力を付けてきた。最近は彼らの作る作品に私が眼を細めることも多い。去年と比べても力が付いてきていることがはっきり判るくらいなので、これから先どういった展開をしていけばいいのかについて、長い時間を掛けて考えていた。システムについて考えを深めたのも製造の仕組みをどう作り上げるかを考えたからだし、それを如何にしてリアルタイムで組み上げるかについて考えたのも、彼らの生産性を高めたいと考えたからだ。もう一息で次の段階に進むことが出来ると言う思いが私の中に強くあり、工房自体の魅力をもう一段高めるためには、どうあるべきなのかについてもさんざん頭を回転させた。まだまだ結論は出ていないので、これからも暫くは考える事を辞めるわけにはいきそうもない。結局、こういったことの繰り返しが仕事という者なのかも知れないが、絶え間なく考察を深め、次の展開を模索することがプロフェッショナルだと改めて感じている。
窯元日記は3年間を一つの区切りとして考えている。石の上にも3年。公開することを前提として書いているので、時々まどろっこしい表現になる場合がある。本当はもっと鬩いだようなことを思っている時も多いのだが、なかなか書くことが出来なかったりする。公開する文章と私的な文章は基本的には全く違ったものになる。そう言う意味ではもっと本質的な文章を書きたいという欲求も強くなりつつある。しかし、考えてみれば・・・何時も本心だけで生きているとは限らない。出来るだけの本音と時々の嘘の羅列が人生なのかも知れない。そう考えれば窯元日記の攻め義の弱さも許すことが出来るのかも知れない。陶芸家は基本的にはあまり嘘はつかない。嘘は人につくのではなく自分につくことになるからだ。嘘の自分が増えていくと本当の作品を作れなくなる。だから私自身はあまり嘘をつかないように心掛けている。窯元日記は嘘を書いているというよりも、むしろ突っ込みが弱いと言うことが私の率直な思いだ。例えば人の作品を評価する時に詰まらないモノを詰まらないとは書きがたい。面白みの欠片もない作品についても単刀直入には書きにくい。そういった諸々があるので鬩ぎきっていないと思うのだろう。公開を前提とする以上致し方ないことなのかも知れない。
| 生きること
| 18:02
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2012年03月30日
Android端末を二つ持っていて事なきを得たことを書いた。今のAndroid端末はまだ出来たばかりで、ツールとしての完成度もまたハードウェアーとしての完成度も熟れていない印象がある。しかし、端末の販売総数を観るとすでにandroid携帯が、デジタルツールの中では際立ってきており、先物買いのニュアンスがありはするが、これから先は恐らく主流を占めてくるはずだ。今私が使っているエクスペリア・アクロはシングルコアの端末で、本体メモリーも300メガバイトしか搭載していない。よくもまあこの程度の仕様で新製品として売り出したとも思うのだが、ギャラクシー陣営がかなりのハイスピードで新しくレスポンスの良い端末を出し続けているので、対抗上、新製品を出さざるを得なかったのだと思う。
今までiPhoneとandroid携帯の二つの勢力がしのぎを削っていたわけだが、これから先はiPhoneをAndroidが逆転していくので、携帯電話の勢力図も様変わりするだろうと思う。日本の携帯電話は実際のところ周回遅れになっていると思う。今年の新製品を観ると今の段階で半年遅れくらいだろうか。この半年で半年分追いついたようにも見えるのだが、android携帯はサムソンが独壇場になって来つつあり、新製品の開発費などを観るとまさしく雲泥の差が出てきている。この春はソニーも意欲的な製品を出してきているが、これから冬に向けてどのような端末を進化させていくのかが、みどころになってくるように思う。カラパゴス携帯と揶揄されながらも、護送船団方式で暑く守られていた国内の携帯会社が、どのような巻き返しを図るのか・・・楽しみな事柄でもある。
android携帯やiPhoneなど・・・所謂、スマートフォンと言われている端末に関しても死角がないわけではない。購入した人がかなりの割合で買ったことを後悔しているのだ。使い勝手が悪いというのと料金が高いと言うことがその原因のようだが、スマートフォンはコンピューターの一種なので、コンピューターを使い慣れている人にとっては便利なのだが、コンピューターを触ったことのない人や年齢の高い人達にとっては、携帯電話だけで十分と言った意見があるようだ。電話だけで切ればそれで構わない人達にとって、通信料が馬鹿高いスマートフォンは絶対必要なものではないのだろう。
私がエクスペリア・アクロを使い始めたのが去年の7月。およそ10ヶ月使ってみて、エクスペリア・アクロと会話をすることが出来るようになった。これ以上メモリーを圧迫すると挙動が怪しくなると言うことや、重いソフトを動かすと動きが遅くなると言うことなど、メモリーの少なさやシングルコアという弱点を如何に補うかについて、随分使い方が判ってきたのだ。基本的な契約は来年の7月まで残っているので、それまでは若干挙動の怪しいエクスペリア・アクロとギャラクシータブを騙し騙し使い続けなければならない。もっとも、それがまた楽しいことではあるのだけれど。
| 電脳嗜好
| 15:18
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