丸尾焼窯元日記

熊本県天草市にある丸尾焼という窯元の窯元日記です。陶芸に興味のある方はチェックすると面白いかも・

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近代陶芸をどうとらえるのか⑩

 前回は世界をどう観るのかということを考えた。世界の動きと陶芸の仕事が、どう関わってくるのかと思う人も多いと思う。しかし、物事はすべて因果で成り立っていると私は考えている。グローバル経済が陶芸の未来に影響を与えるのは、当たり前のことだと思う。日本の繊維産業が壊滅状態に陥ったのは、生産拠点が海外に移転したからだ。今日のニュースにアマゾンが酒を扱うようになると出ていた。酒を販売する店は、酒の安売り店が出来て大きな影響を受けたが、アマゾンが酒を販売するようになると、配達まで行う安売り体制ができる訳で、酒屋にとっては死活問題になるのだろう。種類の卸問屋なども大きな影響が出てくるはずだ。

 システム上の有利さが存在すると、有利なシステムを持つところが既存のものを圧倒することになる。アマゾンの有利な点は自宅まで商品を無料で運んでくれるところだろう。これは安売りの店では行っていなかったサービスだ。流通業者が何処まで対応できるのかという疑問はあるが、それでも酒類のアマゾンでの販売は、今までの業態を崩していく可能性があると思う。日本は国土が狭く流通が発達した国だ。インターネットの普及率も高く、ある意味では先端的な取り組みがやりやすい国だと言える。

 勿論、だからといってなにもかもが一気に変わるわけではない。何年もかかって次第に変化していくのだろう。数日前の日記に、均一でないモノを、高価に、限られたところで・・・と書いた。陶芸はすでにそういう状況になりつつある。私は一年ほど前にポストグローバルは、何処に向かうのだろうかと考え続けたことがある。結論としては・・・ローカリズムに収斂していくのではないかと予想した。都市と地方。グローバルとローカル。世界と日本。極大と極小が共存を模索する時代。そんな未来像が私の中で浮かんだり消えたりした。

 グローバルとは国境という垣根さえ越えてしまう概念だ。対してローカルとは国や地方を越えることの少ない概念だろう。今の世界はこの二つが対峙し始めた状態だと思う。グローバルスタンダードに対して激しい反発が見え始めている。アメリカ的なスタンダードが構築できなくなりつつあるとも言えるのかもしれない。IKEAが作るモノは工業的なものだ。彼らが目指すものは産業的で、グローバルスタンダード的なものである。安価で均質でデザインされたものを普く。この取り組みがどう推移していくのか。しっかりと見据えながら仕事に向き合っていかなければならない。

近代陶芸をどうとらえるのかは今回で終わりです。
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近代陶芸をどうとらえるのか⑤

 伝統的工芸品の産業規模は長期低落傾向が続いている。これは主要産業が生産拠点を海外に移転した要因とほとんど同じ理由だ。経済成長が続き賃金が上昇し、労働集約型の産業が海外移転したように、国内でしか生産できない工芸品は相対的に価格が上昇した。国内生産をしている以上、どうしても避けることが出来ない問題で・・・結果として作品の値段が上がる。

 2番目の要因として考えられることは、技術習得に時間がかかることが挙げられる。手でモノを作る技術習得には長い年月がかかる。轆轤でモノを作る技術は一人前と言われるまでには、10年の時間が必要だ。この間に数百種類のかたちを繰り返し作り続けて、初めて一人前の職人と言われるようになる。江戸時代であれば12歳を過ぎたあたりから、修行を始めたそうだが、現代では早い人で18歳、大学まで進学した場合は22歳からの修行と言うことになる。

 しかも、手でモノを作る工房で弟子をとるところは非常に限られてきている。理由は弟子を養成するためにコストがかかるからだ。技術を持っていない人に対価を払うのが厳しくなってきている。全くの素人が最低限の技術を得るまでには、最短でも3年の時間を要する。弟子を取らなくなっていることの背景には、この3年間の負担が難しくなっているのだろう。弟子としての修行は厳しいものがある。それは師匠にとっても厳しく、弟子にとっても厳しい・・・そんな時代に突入していると思う。

 徒弟制度の補完を何処が担っているかと言えば、美術系の大学だったりする。しかし、大学では徒弟制度のような教育は出来ない。大学は知識を中心に教えるところで、技術を中心に教える場所ではないからだ。現場と学校は決定的に違っていて、現場には現場で覚えなければならないことが山ほど存在する。工藝という産業は本来は現場主義で成立する仕事だと思う。現場主義というシステムが崩壊の危機に直面している。現代とはそういう時期なのかもしれない。

続く

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近代陶芸をどうとらえるのか④

 高度経済成長の時代が続いている間に、伝統的な産業の衰退が起こった。中学や高校を卒業して都会に働きに出る人達は金の卵と呼ばれ、地方から工業地帯への人口移動が顕著になる。若い労働力が必要とされたからだ。それまでは職人と呼ばれる職業を選択したであろう人達が、工業品を生産する従事者となった。加えて地方への工業製品の流入が起きる。工業的に生産したモノは安価で均質であるため、あっという間に全国を普く席巻した。工芸の衰退要因がここに整ったことになる。

 それ以前から兆しは見えていたのだが、昭和40年代の始めには伝統的工藝産業は衰退の道をたどり始める。生産額の減少、従業者数の減少などが顕著に現れ始めた。昭和49年国は 伝統的工芸品産業の振興に関する法律を作成。伝統的工芸品産業の振興策が始まる。産業立国がメインフレームだと書いたが、メインフレームの著しい発展の結果、サイドフレームの伝統的工芸産業の衰退が顕著になったと言うことだ。 しかし、策は実らず伝統工芸産業の衰退は現時点でも続いている。

 伝産法の策定以後、いくつかの変化が起こる。大学に工芸を教える部門が出来たり、匠という認識が広がり、伝統的なものに対しての憧れが広がったりした。民芸が果たした役割も大きいし、人間国宝と呼ばれる陶芸家が輩出したことも国の危機感の現れだろう。美術展などでも工芸部門が創設され、作家的な仕事をする陶芸家が多く出てきたことも、時代の趨勢かもしれない。工芸製品を購入する人達に関しても、工業化が進み賃金労働者が増え、収入の面でフローとストックが出来たことも工芸の振興に大きく寄与した。

 しかし、結論として伝統的工芸品産業の衰退が止まったかと言えば・・・・答えはノーだ。伝統的工芸品産業の衰退は決して止まってはいない。伝産法の策定以降・・・顕著になったことは、陶芸に従事する人達の仕事の形態が、作家として活動する人達。工房形式で複数で仕事をする人達。工房形式で個人で仕事をする人達に分類され、三極化してきたことだろう。このことは徒弟制度の崩壊を意味する。大学で学んで独立する。専門学校で学んで独立する。終いには陶芸教室で学び独立する・・・そういう人達が増えてきた。システムが崩壊すれば、本質も崩壊する。手職という文化の危機が起こったのだ。

続く・・・

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近代陶芸をどうとらえるのか③

 明治維新後日本は一貫して工業立国化を進めた。このことは現在も変わっていない。工業立国に対峙するかのごとく、日本の工芸は変遷することになる。工業化はほぼ一本道で突き進められた。富国強兵。殖産興業。日本のメインフレームとはそういうことだと思う。そういう視点に立てば、工芸はサイドフレームと言うことになる。

 もちろん、日本の陶磁器産業にはメインフレーム化した業態も存在する。TOTOやイナックスなどの衛生陶器。碍子などを専門に製造する会社。京都セラミックスのようなファインセラミックスへ特化した産業などだ。これらの産業についても、日本は世界に冠たる産業化を達成している。もちろん工業的生産手段で一般的意味での飲食器や置物などの陶磁器を作っている産業も、日本は世界でもトップクラスの地位を占めているが、工芸という視点で観ればこれらの産業は、枠外のことなのであえて言及しない。

 日本の工芸において昭和のはじめ以降、工藝の指針となった概念は、柳宗悦が昭和の初めに出版した「工藝の道」という書籍であることは間違いない。日本よりも先に産業革命がなされた、イギリスのウィリアムモリスなどの影響は認められるが、工藝の道より始まる、柳を中心とした民芸運動が日本の工藝に与えた影響は計り知れない。京都を中心とした進歩的な美術の動き、おもに図案家を中心とした、デザインワークを基本とした展開も同時並行に行われ、工藝とは何かと言うことが、盛んに議論される切っ掛けとなった。

 陶芸はサイドフレームと書いた。日本においてメインフレームである工業化は、ほぼ一貫して右肩上がりに推移した。右肩上がりを達成した理由は、資源小国と均質な国民。加えて、それ以前の生産手段をスクラップビルドし常に最新の製造方法を確保してきたからだ。第二次世界大戦に敗れはしたが、日本の工業化という選択は微動だにしなかった。所得倍増計画。もはや戦後ではない。自由主義社会第2位の経済力。昭和40年代には日本はそういう時代を迎えた。

続く・・・

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窯元日記再び。

 約2年間全く更新しなかったが、再度窯元日記を書いてみようと思う。前回は長い文章を書き連ねたが、今回は簡潔に書いてみたい。その日に考えたことを、あまり長く書いてしまうと、書く行為が重石になり、自分を追い込んだりする。

 長い文章をだらだらと書くより、短い文章で簡潔に、自分の今を書くことが出来れば良いのではないか。どうして再開しようと思い立ったかと言えば・・・ホームページをリニューアルしたからで、頻繁に更新した方が来訪者が増えると、ホームページを作成した人がアドバイスしたからだ。

 焼き物を作ることを生業にしている人間が、普段どんなことを考えているのか。毎日なにがしかの文章を書くことにより、モノ作りの思いのなにがしかが浮かび上がってくると思う。

 前回の反省として、力が入りすぎたという思いが強い。今回は肩の力を抜いて、その時々の今を書いてみたいと思う。とりあえずのゴールは一年後。そのとき自分がどう感じるのかを楽しみに、あまり力を込めず気楽に続けていきたいと思う。

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