丸尾焼窯元日記

熊本県天草市にある丸尾焼という窯元の窯元日記です。陶芸に興味のある方はチェックすると面白いかも・

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バッグ考 再びバックを考える

 昨日に引き続きバッグについて考えてみたい。今年の天草大陶磁器店のパネルディスカッションのテーマの一つが、身ひとつをつ考えるだった。身一つとは体以外に何も持たない状態を指す。身につけた技術一つで浮世を過ごす。。。能楽をはじめ、長く続いた職業の基本は ・・・そこにあるのではないかということが、テーマとして身ひとつを選択した理由だ。もちろん、それは、職業的な意味での技術を得るためにどれだけ努力をするかを、検証するためのディスカッションだったが、何がしかの技術を身につけるための修業は、様々な要素があり、時にシンプルであり時には複雑な過程を経て、一人前になるということが薄っすらと見えてきた。例えば陶芸の場合は『小物を作ったら、大物を作らせろ』という意味の言葉がある。小さいものばかり作らせると、スケール感が偏ってしまい、土の本質を見失いがちになるので、小さいものがある程度出来るようになれば、次は大きい作品に挑ませたほうが、技術が身につくということだ。

 私は物事の本質は呼吸ではないかと考えている。おそらく宇宙は呼吸しているような律動なので、それに呼応する形で森羅万象は存在するのだろう。人間の分際で考え過ぎると頭が変になるので、それ以上深く考えないことにしているが、私は物事の本質は呼吸だと・・・満ち干きだと確信している。身ひとつの周辺が何かと問われれば、身の回りだろう。身の回りも実際には様々な要素で取り囲まれている。私の身の回りの一番小さな構成は、小さな財布とスマートフォンだ。これだけ持って出れば浮世で決定的に困ることはない。小さな財布と書いたが実際にはキーケースを改造したもので、名刺とカード2枚と1万円札(5千円の時もあるが・・・)と小銭入れとが一緒になっているものだ。スマートフォンは3年近く前の機種で、不自由ないので使い続けている。どっちが重要かといえば財布が重要だと思う。しかし財布とスマートフォン、この2つは身の回りから外すことが殆ど無いので判断は難しい。

 バッグは財布とスマートフォン以外の、重要なものを持ち歩くための装備だと考えれば検討しやすい。よくよく考えれば財布とスマートフォンさえ持っていれば・・・さほど困ることはない。私の日常は会議に出るくらいしか、外に出ることはないので、市内の外出においてはそれだけあれば十分だ。そこまで考えると・・・天草に居る限りはバックを持ち歩く必要がなくなる。私は比較的バックを持ち歩くことが多い。理由を考えてみと、あると便利だと思い込んでいるからだ。使うことがあるだろうと、ぎっしりツールの詰まった重いバッグを持ち歩いている。しかし、冷静に考えてみると、このバックは本当に必要なのだろうか? どうやら天草に居る限りバックを持ち歩く必然がなさそうだ。持ち歩くとすればポシェットで充分だろう。天草以外に行く時にも1泊2日程度の外出であれば、今使っているバックで充分だ。ツールも一年使わなかったものは不要だと思う。持ち歩くものを見直し取捨すれば良いのだ。

 シンプルイズベスト。そう考えるようになってきているのは、歳をとったからだと思う。身の回りをどうするのか。このことはとても重要な課題だと思う。本当に必要なモノは何なのか。何が必要で、何が不要なのか。快適はどのあたりに存在するのか。身ひとつに加えて考えなければならないことは、身の回りのこと。小さいことだと思うが、世界の政治のことも重要ではあるが、身の回りの小さなことを考えることも重要だ。これも生きるという呼吸の一つなのだろう。身ひとつから始まり、身の回り、身の置き所、その先の風景。町、国、世界・・・宇宙。この連鎖こそが、実存なのかもしれないと思う。身ひとつの後に考えることはやはり身の回りのことなのだ。
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| 雑記 | 11:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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バッグ考 身近に身軽に

 熊本に行く要件があり車に便乗させてもらった。最近の私は自分で運転する場合も勿論あるが、人の車に乗せてもらうことも多い、人の運転で移動すると自分で運転するよりぐっと気が楽になる。車を運転することは負荷がかかると改めて思ったりするが、のんびりと外界を眺めながら車に揺られるのは、楽しいことの一つかもしれない。行きは長男、帰りは友達の運転での熊本往復だったが、改めて感じたことの一つが、持ち歩くバッグの大きさについてだ。というのも・・・今、使っているバッグは肩から掛けて持ち運ぶもので、収まりが良い小さめのサイズのものを使っている。ところが、このバッグに電脳系の装備をフルで入れてしまうと、途端に小さいけれど見かけよりとても重いバッグになってしまうのだ。外見は比較的小さいショルダーバッグなのだが、中身はぎっしりと詰まっていて、私以外の人がバッグを持つと『何が入っているのかと』問われるほどの重さとなってしまっている。

 これより大きいバックも持ってはいるが、熊本に行くくらいでのことで、大きなバックを持つことは大げさ過ぎるように思う。外出した時に一定の場所にいるのであれば、それで構わないと思うが、他所に行くときは始終移動することが多いので、コンパクトサイズで不自由のないとことが、今の私の身の回りのバッグに関する考え方でもある。今の・・・と書いたのには訳がある。私はバックに関して『大きい時代と小さい時代』が存在するからだ。何もかもバッグに詰め込み、何不自由なく出かけたいと考える時期と、最低限、必要な物をバッグに詰めて身軽に出かけたい時期が、交互にやってくる。今は小さいバッグにという時で・・・できるだけ小さな準備で済ませたいと考える時なのだ。もっとも現代では、携帯電話と財布さえ持っていれば・・・基本的なことは賄えるのだが、旅先での急場でも不自由しない体制を確保したいと思う。

 そのような考えでいけば・・・今のバッグが一番理想的な大きさで、今考えなければならないことは、中身を如何にしてコンパクトにするかということだろう。オーバースペックをなくし、最低限の快適とは何かを考えていけば、理想的なバッグの環境ができあがるはず。電脳系の装備が嵩張るのはモバイルということを、徹底していないからだと思う。例えばバックのなかは一年間全く使っていない装備で溢れている。備えあれば憂いなしということで、様々な装備を準備しているが、果たして本当にそれだけのものが必要なのかを見なおすだけで、装備は半減どころか3分の1に身軽になるだろう。千に一つの備えが果たして必要なのか・・・このことを見なおす必要がありそうに思う。

 バックは日常的に持ち歩くものだから、大きさを決め、大きさに収まるようするべきだろう。無駄な装備は持ち歩く必要性はなく、使用頻度の高いものを最小限に入れておけば事足りるはずだ。3キロのバックを持ち歩く必要はさらさらなく、荷物自体を1.5キロの重量に収めてしまえば、持ち運ぶことの労苦も低減するわけで、肩凝りに悩まされることもなくなる。バックの中身を考えることは、自分自身の日常全体を考えることかもしれない。日常は継続しており、継続はマンネリを呼ぶからだ。マンネリとは思考停止なのではないか。。。。漫然と重いバックを重いなーと感じながら持ち歩いていた。我が身に及ぶ日常の再構築を、この辺りから始めてみたいと思う。身軽が一番。今の私の結論だ。それはバックに限ったことではなく、全てに共通すべき思考なのかもしれない。

| 雑記 | 14:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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サボリ癖・・・悪癖ですな。悪癖。。。

 この何日間か日記を書くことが出来なかった。いろいろと要件が重なったことが原因だが、もう一つの理由はサボり癖が出たからだ。先週は陶磁器展の準備と私用が幾つか重なっていた。陶芸展に関してはメインの講演会がなかなか決まらない。これが決まればほぼ準備完了という状態になるのだが、ゲスト候補何人かに断られてしまい、どうしたものかと思案している。ゲストはすんなりと決まる年もあるし、今年のように難航する年もある。今年は最初の段階ではすんなりと決まりそうだったが、いざ最終選考という段階になって、何人かの候補から辞退という返事が返ってきて、振り出しに戻るというより、白紙に戻ってしまった。あらためて考えを練り直さなければならない。これは思いの外骨の折れる行為だ。

 私用はめでたいことがいくつか重なった。めでたい事には酒がつきもので、先週は昼から酒を呑むことが多かった。日記を書けなかった一番の理由は昼間から酒を飲んだこと。11時位から準備に入り、12時から酒宴。もっとも他の人は殆ど飲まないので一人酒宴状態。。。3時位に自分の部屋に戻りエアコンを強く入れて、2時間ほど昼寝。起きると5時を過ぎていてなんとなく、一日が終わった空気が流れている。そんな日が今週は2日あり・・・日記を書くことを放棄してしまう。自分の中ではそんなことも有るさと・・・言い聞かせつつ。怠惰な自分の言い訳にしていた。夏の終わりで疲労が溜まっていることもあるのかもしれないが、倦怠感に包まれた一週間だった。そうは言いながらも陶芸展の準備は着々と進んでいる。メインのゲストが決まらないことは問題ではあるが、それ以外はほとんどクリアーできている。メインゲストは必要なのか・・・時間との戦いではあるが、無しということもすでに視野に入っている。

 息子たちの熊本市現代美術館での展示会が本日終了。思いの外評判もよく、私としてもホッとしている。今回の企画は長男が中心となって立てた企画だった。面白いと思った企画だったが、支援してくれるところがあり、多くの人に展示会場を訪れてもらった。熊本は震災以降様々な変化が起こっていて、タイムリーな企画だったこともあって支持してくれる人も多かったようだ。あまりゴリゴリにもならずに、節度を保ちながらの企画展だったと思う。こういう機会は滅多にないので、息子達にとっても良い経験になったと思う。長男はアマクサローネの実行委員長も引き受けている。アマクサローネは今年で9回目。企画もまた経験値がモノを言うのかもしれないと思ったりする。一段一段・・・確かな力を付けていってもらいたい。本日午後8時展示終了。2ヶ月に及ぶ展示会が終了する。

 月曜日から陶芸展の企画の総仕上げを行おうと考えている。現在のところ出来高は90%位か。整理整頓がまだ出来上がっていないので確かなことは言えないが、今年はかなりハイペースで仕込みが進んでいる。企画の進捗状況は悪くはないが、まだ私の頭のなかにしっかりとした風景が見えてこない。風景が見えてこないということは、細部が出来上がっていないということだろう。しっかりと立てられた計画の場合。。。その時の風景が頭のなかに浮かんでくることが多い。月曜日からは一つ一つの企画が・・・風景として私の頭のなかに現れるようにしたい。そのためには文章を書き、議論し、状況を描くことを進めなければならない。これが出来るかどうか・・・展示会の成否に直接的に関わってくる。企画の醍醐味であり、怖さでもある。これも経験値がモノを言う世界だと思う。そこをつくり上げるまでが一番難しい。楽しみでもあるが苦しみでもある・・・どうせなら楽しみながら企画を進めていきたい。そう思いながら英気を蓄えている。

| 雑記 | 19:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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バタバタドタバタ・・・

 なんだかんだと忙しい。日曜日と月曜日は台風と子供のお祝いがありバタバタと過ごした。昨日は熊本の友達の店に時間があったのでしばらく寄ったが、そこで写真を撮られてネットに上げられてしまった。朝長男から〇〇に行っていたろ、と指摘され・・・なんで知っているんだ。と聞き直したら、インスタグラムに出ていたよ・・・ということで、私の最も苦手とする状況が発生してしまい・・・やや困惑してしまった。忍者ではないのだが・・・私が今何処にいるか判ることはできるだけ避けたい。悪いことをしているわけではないが、何処で何をしているのかを、人に知られるのは好きではない。今という時代はそういうもんだよ・・・と長男たちはいうのだが、どうも私はそういうことについて馴染めない。

 この二日間あまり実務ができていなかったので、午前中は実務に明け暮れる。今年は準備万端で仕事を進めているので、バタバタすることはないが、何事についても先んじて仕事を進めていきたいので、できるだけ先にできることは先に済ませておきたいのだ。ある程度のマージンがあるので、しなければならないことに、追われるわけではないが、確実に要件を済ませておくことによって、充実したイベントに仕上げていきたい。今日はポスターの最終校正と、秋のシルバーウィークのチラシの仕上げを行う。シルバーウィークの合同窯出しについては、少しだけ仕事が押しているので、できるだけ早く仕事を進めておきたかった。

 工房の仕事も9月はかなりタイトになっている。東京での展示が2本。天草での合同窯出しが8日間。長崎での展示が1本。イベントへの作品提供が1本と・・・バタバタするような内容が豊富に揃っている。それに加えて11月の陶磁器展の仕込みも、進めていかなければならないので、今日は工房の全体ミーティングを行った。問題点を話していくと皆が同じように考えていることが判り、共通の認識さえあれば、それに対応する手段を考えていけばいいことなので、これからその点に関して考えを深めていきたいと思う。本業が一番だということに関しては、誰も異存がないわけで、改善に努めていきたい。陶芸展まではあと2ヶ月・・・一点集中して考えなければならない時期が迫っている。

 今月はそれ以外にも・・・石川県に行かなければならない。石川では陶芸家を養成しており一年間に15名の研修生を受け入れているようだ。2年間の一般研修に加え1年間の専攻科が有るらしい。それに短期の研修生が15名。合計60人程度の人に、講義をすることが決まったのだ。当初は轆轤を見せるということだったが、私はあまり気が乗らない。出来れば彼らの今後の為になるようなことを、話したいと思っている。実は私も3年間の研修の後に工房のアトを継いだという経緯がある。工芸に従事して3年の人たちのことはよくわかっていると思う。彼らが今何処にいて・・・これから何処へ向かうべきなのかを、しっかりと考えて講義に向かいたいと思っている。

| 雑記 | 18:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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台風対策で明け暮れた。

 台風は来るは、地べたは揺れるは、サッカーは負けるは・・・とバッドニュースが飛び交っている。中でも台風が日曜日に天草を直撃しそうで、芸術文化協会のイベントは中止になり、宇土で行われている陶芸展もこのぶんでは・・・日曜日は開催できるのか・・・はたまた工房の台風に対する備えはどうするのかと、台風が天草に近づくにつれ、諸々・・・の事後処理を進めなければならない。今日は午前10時半より芸文協のイベントを開催するか否かの会議。天草市の防災訓練が、日曜日に開催の予定だったのが中止という連絡が入る。今のところの予報では日曜日の午前9時の予報円の中心が天草となっており、これだけきっちりと予報円の中心に入っていれば、イベントの開催は困難という結論になるのは当たり前のことだった。あとは日を改めて開催するのか、中止にするのかの判断が残っているが、出演者総数200名近くのイベントを、改めてということはほぼ不可能に近い。日程調整そのものが出来ない相談なのだ。

 今の状況では、宇土の陶芸展も明日までは大丈夫だろう。明後日に関しては現地に行く事自体・・・可能なのか、微妙な情勢だと思う。無理して開催して事故でも起きれば目も当てられない。日曜日の台風直撃は工房にとっても痛手ではあるが、致し方ないことと割り切るしかない。最近の天気予報はかなり正確になっており、以前のような間違いは起きにくい。ひまわりの性能が上がったためだとか、コンピューターの性能が上がったためだと言われているが、予報円自体も小さくなり、予報の精度も格段に良くなっている。実際に土日の天気予報でお客さんの数が違ったりする。明日と明後日が大雨の予報が出た場合、無理してまで天草に行かないという人が増えている。天気が悪い日には、家で過ごすという人が多くなっているのかもしれない。人の移動自体が天気予報を見ながらと・・・天気予報の精度が増す毎・・・人の移動も変化しているのかもしれない。

 私は過去に何度か今日のような経験がある。野外のイベントは常に天候との戦いだとも言える。かって、花しょうぶ祭の実行委員長だった時に、台風が来て・・・開催するかどうかの判断を迫られた。この時は時間がなかったので、私の一存で中止を決定した。今日は会長、実行委員長、副委員長、事務局長の4名で判断したが、花しょうぶの時は、判断するメカニズム自体、存在しなかったので、実行委員長の一存ということになった。中止の理由は予報円に天草市が入っており、台風の直撃が予想されたから。。。。当たり前といえば当たり前の話なのだが・・・決断するまでには、それなりの勇気が必要だった。当時、花しょうぶ祭は土日の多い時には、8,000人位の入場者があり、出店する店が60店舗ほどあった。弁当屋さんや食べ物を中心とする屋台もあり、中止すると準備したものがすべて無駄になる。翌日の開催についての中止の決定はギリギリの選択だった。

 台風は人命に直接的に関わる問題なので、躊躇することではないが、雨の場合の中止は本当に難しい。というのも・・・弁当屋さんなどは仕込みを済ませている場合が多く、中止となるとゲートを閉じることになるので、一切のお客が見込めなくなるからだ。一度、とんでもない大雨が振り、前日の夕刻に中止の決断をしたことがあるが、弁当屋さんから、雨くらいで中止にしないで欲しいという申し入れがあった。100食の弁当が廃棄処分になったと聞けば、迂闊だったと思いはしたが・・・開催すれば二次被害が起こる可能性もあるほどの大雨だったので、どっちが正解だったのかと、今でも時々考えることがある。一つ思うことは、たかが・・・人間如きという気持ちが沸き起こること。人間の都合など、大自然の前では何ものにも値しない。屋外のイベントでは人は自然に対して無力なのだ。そのことを人は忘れているのではないか。。。台風の進路に一喜一憂しながら、そんなことを考えている。

| 雑記 | 14:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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