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丸尾焼窯元日記

熊本県天草市にある丸尾焼という窯元の窯元日記です。陶芸に興味のある方はチェックすると面白いかも・

2014年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2014年05月

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近代陶芸をどうとらえるのか⑧

 私が陶芸を始めた頃。焼き物に従事する人達の主流の考え方は個人作家になると言うことだった。著名な陶芸家が存在していて、彼らのようになりたいというのが陶芸を志す人達の主流の考えだった。私は教えを受けた先生たちから、もっとも作家向きの焼き物を作ると言われたが、作家という仕事にはあまり魅力を感じなかった。私の天の邪鬼な性格もあると思うが、作家という製作形式が工藝の保全に繋がるのかという思いが強かった。

 当時は作家的な仕事をする人達の背景には、比較的健全な窯元が存在していた。有る産地に著名な作家が存在すると、その周辺には手堅い仕事を展開する窯元も多数存在していた。陶芸を志す若い人は窯元で修行を始め、その後に適正を観ながら作家の門をたたく。作家と産地には密接な繋がりがあり、その地域を代表する存在が作家であるという状況がベーシックだった。栃木県益子町は益子焼の産地で知られるが、益子を代表する作家が浜田庄司であり、益子は濱田達が進めた民芸運動と相まって産地として発展を遂げる。作家と産地は運命共同体であり、作家の仕事が産地のイメージを作り上げるために機能していた。

 私が作家的な制作活動に違和感を覚えた一番の理由は、産地というバックボーンがない熊本で、作家的な仕事をしたとしても、それは極めて個的な仕事に終始してしまうのではないかという危惧だった。陶芸という、手職の集合体のような行為を、個人で展開すると最後には個性の勝負に陥ってしまう。結果的に・・・継続性という手仕事の連鎖にとって、最も重要な技術の継承が途絶えてしまうのではないか。

 実際に私が35年前に考えたように陶芸の世界は進みつつある。個人作家のスケールが個的に修練し、結果として小さくなり、背景であった産地が規模縮小を続けている。若い修行者を受け入れる窯元が激減し、作り手の基本的技術が著しく低下している。情報のスピードが速くなり、売れ筋の焼き物に良く似た作品が目立つようになり、似たような作品ばかりが目立つ。大学等の教育機関で学んだ人が増え、手職としての基本ができていない人が増えている。2014年現在の陶芸はこのあたりに有ると思う。

つづく。
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