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丸尾焼窯元日記

熊本県天草市にある丸尾焼という窯元の窯元日記です。陶芸に興味のある方はチェックすると面白いかも・

2014年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2014年05月

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近代陶芸をどうとらえるのか⑨

 時代を検証するのは常に言葉だ。言葉で書けば江戸時代までの工芸は、生産行為自体が主流(人の生産行為自体が工芸的手法で行われていた)の形態だったと言える。産業革命以降は機械生産(機械生産が生産活動の主流になった)に対峙した生産技術という位置付けに変化した。このことにより工芸は主流の生産技術と言うより、機械生産以前の生産技術と定義されるようになる。産業革命の理想は均質で安価な物を普くということだ。

 労働集約型の産業は人件費の安いところに生産拠点を移しながら、コストを低減するようになり、日本においては、軽工業の生産が激減していった。特に新自由主義経済が世界の主流と言われるようになり、グローバル経済全盛時代に突入すると、人件費が高く、先進国と言われる国では、軽工業は生産原理に合わないものとなり、海外移転せざるを得なくなる。

 この論理で世界がグローバル経済化したことにより、世界経済の秩序が不安定化していく。労働コストの安いところを常に求めていくことになり、結果として、安定した生産拠点が常に変化移転していくからだ。生産拠点としての中国に疑問符が付き始めているのは、中国の人件費が世界的にみて、安いとは言えなくなりつつあるからだという。グローバル化とローカル主義の対峙が始まっているというのが、今の世界なのではないか。グローバル化の最終的な終着点は、アメリカがモンロー主義的に陥るときだと・・・私は考え始めている。

 そういった世界情勢の中、工芸という仕事はどういう展開になるのか。アメリカが孤立主義。モンロー主義になると言うことは、新自由主義の終わりを意味する。それは恐らく産業革命の終着点であり、グローバリズムの終焉でもあるだろう。とすれば・・・その地点では産業革命と真逆なことがテーゼとなるはずだ。均一ではなく、高価なモノを、限られたところに。ということになる。それを作るとすればブランド化が必須になる。この場合のブランドとは、恐らく国単位かブロック単位になるのではないか。 九州 Japan 日本の中の九州というブロックをブランド化することが出来るかどうか。私が考える次の工芸の展開の本当は、このあたりに答えがあるような気がしている。
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