丸尾焼窯元日記

熊本県天草市にある丸尾焼という窯元の窯元日記です。陶芸に興味のある方はチェックすると面白いかも・

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花火と祭りと神様

 今日は花火大会。例年この時期は夏まつりと相まって忙しい。歳を取ると一年がたつのが早いと言うが、本当に早いという実感が、ひしひしと押し寄せている。今年は次男の結婚や子供の出産があり、長男の子供の初節句など毎月イベントが重なり、忙しく・・・あわただしい一年になるだろうと予想していたが、実際に驚くほどの速さで一年が過ぎている。今日は花火大会。明日はハイヤの競演。。。ハイヤの競演は私が主催して15年前から行っているイベントで、今年も天草市民センターでの開催となる。天草ハイヤは牛深ハイヤ節がルーツの踊りだが、牛深では本来・・・お座敷で唄われたものだ。牛深は潮深(うしおぶか)という意味の地名で、水深が深く天然の良港だ。江戸時代はキールを付けることが許されず、遠洋航海が禁じられた。したがって近海の航海が中心だったので、海が荒れると牛深港に入港し、天候が回復するまで・・・岡場所に揚がり天気が回復するのを待った歴史がある。

 牛深ハイヤ節は基本的には岡場所で生まれたものなので、色気のある言い回しも多い。歌詞を調べた人に聞いたことがあるが、100番以上の歌詞があるということだった。その時々に歌詞をいろいろ変えて唄っていたのだろう。色里で作られたものだから当たり前の話で、ウキウキ女性と盛り上がるような歌詞が多い。歌詞はその日のお客に合わせ色々と変化したはずだ。もっともその前のルーツをたどれば、浜辺で車座になって酒を飲みながら、手踊りをしていたのが発祥らしい。車座でお目当ての女性に手ぬぐいをかける。かけられた人は一踊りして、自分のお目当ての人に手ぬぐいをかける。これは海洋系の村では比較的どこでも観られる形態だ。沖縄や奄美などにも広く見られる海辺での娯楽だ。この共通性の背景にはやはり潮流で交流があったと思わざるを得ない。かの地には天草という調べが残っており、それが牛深ハイヤ節とそっくりだという話を聞いたことがある。海の道があると確信できる話だろう。

 現在の道中踊りが出来るのはおよそ50年前・・・日本商工会議所が各地方の商工会議所に商店街で祭りを作ろうと呼びかけてから出来た祭りだ。その当時は神社を敬遠する動きが強かったので、その時期に作られた祭りはほとんど神様が存在しない。日本商工会議所が祭りに力を入れた理由は、東京の商店街で様々な祭りを試してみたところ、非常にたくさんの人が集まったことが大きな理由である。当時、東京には郷里を離れた人がたくさん居て、その人達が祭りを求めたということが、大きな理由だったが・・・祭りを見に来た人達が買い物をして賑わいを見せたことが全国に祭りが出来た大きな理由だ。日本が右肩上がりの時代の光景が目に浮かぶような話だ。

 個人的には神様が存在しない祭りを私はあまり信用しない。長く続く祭りは例外なく神様が存在しているからだ。神様が居るのか居ないのかということではなく、神という依り代を経由することにより、普遍的な価値観を継続するという知恵が、祭りの形の中に存在していると思うからだ。その地を守護する存在として土地の神様がいる。氏子としての住民が居て、地域の永遠の繁栄を望みマツリゴトが行われる。神ではなく人がマツリゴトを行えば、長い年月の間で争いが起こるだろう。神を建てて争いを収める。そこに人々の知恵があると、私は考えている。商工会が企てた祭りにはこの知恵が存在しない。神様が不在の祭りがどれほどの期間継続できるのか・・・日本商工会議所の号令で始まった祭りには・・・このことが欠落していると私は考えている。
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| 生きること | 16:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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