丸尾焼窯元日記

熊本県天草市にある丸尾焼という窯元の窯元日記です。陶芸に興味のある方はチェックすると面白いかも・

2016年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2017年01月

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現代における徒弟制度を考える1

 明治以前の職業技術習得の最も一般的な方法は徒弟制度だ。弟子として入門して3年間の丁稚奉公。そのあとにお礼奉公が一年。都合4年間で職人としての一通りの技術を身につける。その後は一般的には修行した工房に勤めて、職人としてさらに腕を磨く。およそ10年間で一人前となり、その後は独立する人も居たし、そのまま職人として働く人も居たようだ。私の工房は基本的にこの考え方を継承して工房の運営を行ってきた。現在、丸尾焼で技術を身に付け独立し、生計を立てている人が多い理由は、徒弟制度に近い方法で指導してきたからで、この方法が職人を作るための一番有効な手段だと私は考えている。

 ただし、この方法にも限界がある。旧来(明治時代以前)の徒弟制度では、かなりの人が工房に残っていたのだが、今の時代・・・ほぼ全ての人が独立への道を歩くようになった。例えば10名の弟子が入ったとする。そのうちの半分5名が工房に残ったとすれば、工房の運営に大きな支障は来たさない。各々の習熟度が上がり、工房としての生産量を維持することが出来るからだ。工房は新弟子を取れば取るほど工房の運営は難しくなる。3年、4年の修業期間が過ぎ、ある程度の生産が出来るようになったときに、以前であれば半分程度は工房に残ったが、現在ではほぼ全ての人が独立を目指すからだ。工房の健全運営を考えた時、この事はとても大きな問題となる。1から手ほどきを行い・・・ある程度仕事の計算ができるようになってた時に、殆どの人が独立していけば、工房は独立のための機関に過ぎなくなる。

 私の工房が、現在弟子を取ることを躊躇する一番の理由は、殆どの新人が独立希望者で、工房での修業を独立するための技術習得と考えているからだ。この考え方を否定するつもりはないが、工房としてみれば単体での弟子養成を躊躇する原因となる。技術を教える期間の3年間は、工房としては出費のほうが大きく、入門より3年、4年で工房を離れられると、ようやく仕事が出来るようになった矢先に・・・ある程度の技術を持った人がが居なくなるからだ。陶芸の場合、右も左もわからない状態の人が、ある程度の何かを作るようになるまでは最低でも1年。長い人の場合は3年くらいの月日がかかる。この期間は窯元にとっても手出しが多く、苦労ばかりが目につく期間でもある。

 徒弟制度の肝はギブアンドテイクだと思う。技術を教える代わりに一般的な意味での労力を提供してもらう。ギブの時期が3年、テイクの時間が1年。それから先がイーブンの時間ということだろう。今の時代、どこでも同じだろうが、工房自体に余力がなくなっており、ギブのみ・・・テイクの関係を作れないから、弟子を取るということそのものが無くなってきつつある。ただし、産地形成を行うためには、どうしても徒弟制度に近いシステムを作る必要がある。産地形成の本質は地域における職業の循環システムを如何にして作るかが・・・一番重要な課題だからだ。明治以前の徒弟制度と、明治以降の職業教育制度の中間点に答えはあると思うが、今の人達にはこの点が理解しがたいことのように感じる。徒弟制度を現代にどう結びつけるのか。。。この点について何日か掛けて考えていきたいと思っている。
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