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丸尾焼窯元日記

熊本県天草市にある丸尾焼という窯元の窯元日記です。陶芸に興味のある方はチェックすると面白いかも・

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頭は先にゆく

 先週と今週は随分と考える日々が続いた。そのせいもあるのだろう・・・かなり疲れている。疲れている証拠は頭を使うことを体が拒否しており、小さな仕事に対しての対応の遅さが際立ち始めている。昨日はFAXを送るのに半日くらい掛った。なんだか億劫なのだ。。。恐らく端から見ればボーッと座っているオジサンという印象なのではないかと思う。先週から今週にかけては、暗がりにスポットをあて覗くような仕事ばかりだった。そのせいで疲労感が募ったのだろう。私の場合、何かを考えるときには・・・例えば天草の20年後を考えるような時には、20年後の風景か頭に浮かんでくることが多い。全体が観えることもあるが、多くの場合、特徴のあるスポットの風景が浮かぶ場合が多い。20年後の天草という言葉で浮かんだイメージは、人影の疎らな郡部の情景だった。先週から今週に掛けては、異なるイメージを探ることばかりしていたので、今日のような疲労が襲ってきているのだろう。

 加えて、大陶磁器展の予算組の見直しが迫っている。これも一つ一つ情景が浮かんできて、より大きくするのか、今のままで良いのか、縮小するのかを決めなければならない。企画委員会で議論した内容を否定するようなことになるので、疲労感の強い今の私はあまり触りたくない課題だ。ビジョンという言葉の意味は闇を光で照らしてみるという意を含んでいるようで、先週から今週にかけて・・・私はそれを繰り返してきた。もちろん全て完全に見えたわけではないが、頭の中に情景を作り出す作業はとても憔悴する行為だと思う。もう一つ疲れる要素としてあげれば、未来の風景は、あらぬ方向へとワープすることが多い。妄想というわけではないが、一つの風景が浮かぶと、それに付随したイメージが、畳み掛けるように浮かんでくる。ボーッと長い時間その世界を覗いていることも多い。

 この2週間継続してきたことは現実と向き合うことだった。未来の情景も基本は現実の先に存在することだからだ。現実故に疲れるのか、それとも困難な未来に対して疲れるのかは定かではないが、これから先・・・人口が減少するところの住人は、未来に対しての自らの役割に対し疲れを感じるに違いない。私が住んでいるところは、天草でも一番人口減が少ないところだ。これから先10年後もほぼ今の状況を保てるかもしれない。私が日常的に天草の危機感を抱かない最も大きな理由は、私が住んでいるところは、現状を・・・完全ではないにしろ維持できているからだと思う。しかし、隣の町に行けば持続不可能に思えるところが多数見受けられる。このような限界集落に近いところを、どうやって再構築していくのか。答えを出していくのか・・・本当に骨の折れる仕事だと思う。

 陶芸家の八木一夫氏は作陶に関して『頭は先にゆく』と言う言葉を表した。頭は常に先を歩いているということだと、私は解釈している。アイディアは無数に存在していて、その中から表現できるものを作り上げる。八木一夫のように前衛を目指した作家は常に頭で形象を考えていたのだろう。これからの継続に赤信号が灯っている地域は、『頭は先に行く』というくらいの覚悟で何事にも取り組まなければならないと思う。何故なら・・・現代にとって、衰退する地方を再生するということ自体が、前衛的な行為にほかならないからだ。『何処から来て、今何処に居て、今から何処に行くのか』地方再建の鍵はここにあると思う。疲れることではあるが・・・向き合わなければならない課題だと思う。疲れることではあるが、我々は歴史によって試されているのだと思う。
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