丸尾焼窯元日記

熊本県天草市にある丸尾焼という窯元の窯元日記です。陶芸に興味のある方はチェックすると面白いかも・

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

都知事選という茶番劇

 東京都知事選挙が茶番劇になりつつある。その様を眺めつつ感じることは、東京という自治体がすでに地方自治の範疇を越えているのではないかということだ。東京は地方自治体の範囲を超えているのではないか???東京は人口の面でも、経済規模の面でも、地方自治体という枠を越えているような気がしてならない。テレビなどでは知名度によらない選挙・・・という言葉が盛んに言われているが、東京のような巨大な地域で、ある程度まとまった票を得るには、知名度がなければ、絶対に勝てないと思うのは私だけではないだろう。今回も、政党が推す知名度のある候補が、圧倒的に有利な戦いを進めているし、それ以外の候補は泡沫候補的な扱いを受けている。政党出身の著名で有力な候補が、果たして適任な候補なのか・・・そう考えてしまう根拠は、前の2名の都知事の辞任を、どのように判断すればいいのかと考えてしまう。

 選挙とは立候補した人の中から、この人と思う人物を選ぶ行為だ。都知事の場合・・・当選する人は一人。今回は二十数名の候補の中から、一人を選ぶ選挙となる。1000万人を超える都市で十数日間の選挙戦。自分の考えを伝え、有権者にしっかりと認知してもらうようなことが、本当に出来るのだろうか。しかも日本の場合は選挙期間以外の事前運動もほとんど存在しない。一般的には告示の後、選挙戦に突入する。公約を十数日間で人に伝えられる訳がない。結果として著名な人間でなければ・・・選挙に勝つことが出来ないのは明らかだ。テレビでは有名だから投票する・・・投票のあり方について、ずいぶんと疑問が呈されているが、無名の人間がどうやって都民の支持が集められるのだろう。結局、著名な候補者がマスコミを使って選挙戦を戦い・・・選ばれる図式が東京都の選挙の実体となっていく。

 青島幸夫以来・・・鈴木氏以外は著名人が都知事となっているのが現状だ。適任という意味で考えた場合、この選び方は果たして正しいのかと思う。たとえばテレビを介して著名になった人を考えてみる。彼らはある意味では大衆迎合的な発言をしてきた人たちともいえる。長い時間テレビに出続けたという事実は、多くの人平板な支持を受け続けたか、少しだけ極端な意見を言い続けて支持を保ってきた人と考えることも出来る。テレビはその性質上どちらかと言えば左側の視点が強い。極端に左ではなくどちらかと言えば・・・左という感じの人がテレビなどでは長く続くのだろう。もっとも石原慎太郎のように右右の人もいるけれど。。。右を向いたり左を観たり・・・その繰り返しかもしれない。今回も基本的な構図は右と左の対決という風景ではあるが、どちらにしろ著名な人であるということに関しては、逃れられない事実だろう。

 民主主義はどこからきて、どこにいて、どこに行こうとしているのか。都知事が著名な人たちの中から選ばれ続けるとすれば、著名であることが都知事になるための絶対条件化してくる。著名であるということはマスコミニュケーションに乗っている人になるはずで、虚像でありその人の実体とは違うはずだ。つまり、テレビに映される虚像が都知事を選ぶ基準になるわけで、ポピュリズムそのものではないのか。メガシティの首長を選ぶことが今回の選挙のごとく・・・無分別に行われるということは、選挙制度自体に起因することかも知れない。テレビにおける選挙戦の報道にいささか辟易しながら、選挙のあり方そのものについて考えている。
スポンサーサイト

| 国を考える | 16:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://maruoyakikamamoto.blog109.fc2.com/tb.php/737-a2f1d77d

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。