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丸尾焼窯元日記

熊本県天草市にある丸尾焼という窯元の窯元日記です。陶芸に興味のある方はチェックすると面白いかも・

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人工知能の可能性

 これからの10年で消滅する仕事特集をよく見かけるようになった。特にインターネットの世界で、目にする機会が増えている。自動運転の話題が増えているので、タクシーの運転手やトラックの運転手の仕事・・・運送業の仕事が無くなるだろうと予測されている。囲碁や将棋の世界でも、機械が人間を上回るような結果が出てきつつある。結果として人類の未来は労働から解放されるという予想と、人類は機械に使われるようになるという予測が出始めている。人間の将来に楽観的な予測と、悲観的な予測が・・・・クロスしており、これから10年20年はどちらに転ぶのか、予断を許さない状況だと思う。なかには機械が人間に取って代わり、世界の支配者になるのではないかと予測する学者も存在する。果たしてどのような未来が待ち受けているのか・・・明るい未来なのか、暗い未来なのか。。。私に判断できるわけがないが、理想的な未来が到来してくれればと・・・願っている。

 新しい技術が生まれた時のことを調べると、仕事が無くなるということが、さかんに言われたらしい。もちろん新しい技術で姿を消した仕事も存在するが、それに取って代わって新しい仕事も生まれてきた。新しい技術の創造は新しい生活を引き起こす。結果として仕事に変動が起こり、新しい枠組みが出来上がる。今言われていることは次の時代を切り開くの人工知能だということ。この分野の技術革命が起こって、新しい時代がスタートすると言うところまではわかっている。とても勤勉な学習機能を持った人工知能が発達してくれば、人間のクリエイティブな行為が陳腐化するのではないか。そういうことを言う人達も存在する。今の時代は人間に機械が合わせるような空間なのだが、そのうちに機械に人間が合わせるような空間が出現するのではないか。すでにそういう傾向が現れていると指摘する人もいる。

 人間のための機械であれば良いのだが、機械のための人間と言うことになると、人間の優位性はあっという間に失われてしまう。機械は24時間眠らないし・・・ネットワークで全世界と繋がっている。機械が人間のために動いている間は人間に奉仕するだろうが、その機械を動かすために人間が使われる事態に陥れば、人間は知らず知らずの間に機械に使われるようになってしまうかも知れない。そんなことを漠然と考えるのも、工芸という仕事がこれからどのように変化していくのだろうかと・・・考えるからだ。我々の仕事は人の営みが作り上げたことだ。人の営みは類型化することが出来る。類型化は人工知能の得意とすることだろう。人間は睡眠をとるが、機械は睡眠をとらない。ネットワークで繋がった空間には人の営みが集積されている。集積された情報から抽出されたデザインを機械的に行えば、ある意味では今の時代にジャストフィットしたデザインが出来上がるのではないか。

 かって人間工学に正当性があるといわれた時期がある。ユニバーサルデザインこそが次の時代を包括するのだとも言われたりした。しかし、私はそれが全体を包み込む存在になるとは思わなかった。理由は工業的なデザインだったからだ。工業である以上は・・・そこに機械的な歪みがあり、個人にジャストフィットするものにはならないと感じた。しかし、人工知能で人間工学的視点のデザインが集積・完成され、それを3次元プリンターで適正に打ち出すことが出来るようになれば、工業的な誤差が修正され、個人にジャストフィットする作品が出来るようになるのではないか。工芸が次の20年間にどのように変化していくのか・・・我々作り手は・・・そういったことも頭の中に入れながら仕事をしていく時代が、そこまで来ているような気がしてならない。モノ作りは今どこにいて・・・・今からどこに行こうとしているのか。暑さのただ中でそんなことを考えた一日だった。
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