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丸尾焼窯元日記

熊本県天草市にある丸尾焼という窯元の窯元日記です。陶芸に興味のある方はチェックすると面白いかも・

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時分の花

 私が能楽師や舞踏家を凄いと思う理由の一番の理由は、身体表現のみで世を過ごすという、処世のあり方が潔いからだ。私の仕事はモノを作りモノと金銭を交換することで成り立っている。私たちは物を売ることによって仕事が循環していることになるが、彼らは感動を売ることによって生活が成り立っているのだ。もちろん、それが出来る人は限られていることだろう。舞踏家の全ての人が踊ることにより、生活が成り立っているとは思わない。他の仕事をしつつ、舞踏に向き合っている人もいるだろうし、なかには仕事としては成立していない人もいる。しかし、そういう人達は舞踏家といえるのかどうかもわからないわけで、踊ることを職業としている人は、相当な修練を積まなければ、生活が成り立つと思えない。

 能楽師は子供の頃から修業を積んでいく。3歳になる前から謡の稽古を始めると聞いている。20を過ぎる頃にはおよそ200といわれる謡を、頭のなかに叩きこむそうだ。素養と呼べばいいのだろうか。この素養をもって一生能楽と向き合うのが、能楽師の人生なのだと思う。私の師である狩野了一師も、3歳になる前から能楽師の道を歩き始めた人だ。世阿弥の風姿花伝に『幼い時は思うようにさせろ』という言葉がある。あまりいじり回すとダメだということだろう。良い悪いではなく伸び伸びと育てるほうが良いという意味のようだ。能楽師はおよそ700年の歴史があり、その歴史のなかには、今でも語り継がれる舞手が居る、録画する装置もないのに、今でも語り継がれるのだから、壮絶な舞だったに違いない。能楽師の頭のなかには、時代を共有する人達も存在するだろうが、過去を見れば素晴らしい人達がたくさん存在している。恐らく打ちひしがれるほどの存在がたくさん存在しているのだと思う。

 時分の花・・・その時々の時分にはそれぞれの花が存在している。若い時には若いなりの、年をとったら年をとったなりの花がある。年をとった能楽師は、袴の裏を介添えの人に持ち上げてもらい、やっと立ち上がるような人でも能を演じる場合がある。舞台の後ろには後見と言われる人が居て、もし、老いた能楽師が途中で倒れた時には、後見がその後の舞を舞うということもあるらしい。介添えの人が居なくては立てないような人が、素晴らしい舞を演じることは珍しいことではない。時分、時分に花があり、そこさえ確かに見極めれば、最後まで人を感動させる舞を演じることが出来るのだろう。私はこの能楽のシステムに感動さえ覚えることがある。3歳に満たない子供の頃から初め、立つことさえ困難になるまで、時分という言葉で全てが成立するように作られているからだ。

 舞踏と能楽の違い。それはこの辺りにあるのではないか。著名な舞踏家が引退するというニュースを聞くことは多い。その人達が口にするのは一様に『最高の舞台を見せることができなくなった』という言葉である。この言葉には時分の花のようなニュアンスは存在しない。もちろん、著名な舞踏家はその後は、後進を指導することになるのだろうが、それは表舞台を離れることを意味している。日本の場合。年を取ることによって更に高みに行くというような感覚がある。巨匠と言われる人達は・・・時に80を超えている場合もある。美術系のアーティストの場合は西洋も高齢で活躍する人が多いが、日本のほうが門戸が広いようにも思える。その根源は何処にあるのだろうか?文化の違いなのか、技に対する認識の違いなのか。考えてみたい。
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