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丸尾焼窯元日記

熊本県天草市にある丸尾焼という窯元の窯元日記です。陶芸に興味のある方はチェックすると面白いかも・

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どんな産地を目指すのか

 日比野氏が天草の陶芸の方向性について、このままで良いと言ったと書いた。私も基本的にはこの方向で進めて構わないと思っている。産地を作るというと大げさに大産地を考える人が多いが、天草のような資本のないところで、大産地を作ろうとしても土台無理な話だ。英語でチャイナと言われるように、磁器の生産は中国が一番盛んだったところで、シルクロードを通って西洋まで輸出された歴史がある。日本の瀬戸や有田が産地と思っている人が多いが、世界的に見ると、中国での生産のほうがはるかに大きくなっている。機械で生産し、オートメーションで焼成するような工場を天草に作ったところで、中国や日本の産地に勝てるわけがない。工業的な手法で焼物を作る工場を作っても、先進地に対抗できるはずがない。対抗する手段が絶対にないとは思わないが、そもそも資本を出すところが存在しないだろう。

 私が考える産地とは、個人の制作を主体として、陶芸が展開される場所である。工業的、組織的、大規模生産という方法で産地を作ろうとしても、今まで歴史を有しているところが圧倒的に有利だ。グローバリズムの伸長で国内の陶芸産地も打撃を受けている。産業革命は第三の波と相まって国境を超えるまでになったからだ。『デザインされたものを安価にあまねく』という理想が、生産拠点の移動を呼び、日本国内においても、生産拠点を海外に移すところが増えている。中央と地方を見た場合も同じことが起こっている。日本の場合雇用と賃金が高い都市部へ人が移動し、地方の疲弊は日増しに強くなっている。産業革命の理念を錦の御旗として、現代が進行しているのであれば、地方に住む我々が目指すべきところは、『個の需要に即したものを、ピンポイントで、高価に』というベクトルだろう。

 これは地方の状況と完全に一致していると私は考えている。地方の危機的状況も『デザインされたものをあまねく安価に』の埒外にあるからだ。地方の現状と地方で育成すべき産業は完全にリンクしている。向くべき方向が同じだなのだ。天草在住の窯元は現在25軒を超えたところ。これを倍の50軒まで持っていくことが出来れば、これからの日本の地方にとって有用な産地形成が出来るのではないか。それは決して大産地というわけではないが、地方の生き残りの指針となるような、産地になれるのではないかと思っている。そのためにはやはり教育機関が必要になるだろう。知的で多様性に富み、個人が現代ときっちりと向き合える技術や感覚を、身に付けることの出来る教育機関。徒弟制でありながら、刺激は外からも受けることが可能な施設。概念の教育や、先端を学ぶことの出来る施設。そんなところが出来れば、天草に移り住んで学ぶ人達が増えてくるだろうと思う。

 日比野氏がこの方向で良いのではないか・・・といった言葉の意味は、この辺りにあると私は思っている。産業化とは一言で言えば分業化だ。専門職化することにより生産性を上げ、効率を高め、生産と利益を拡大するシステム。機械化が進み、人工知能化が進むと、休まなくてよい機械が人間を指示するようになり、最後には人間が必要なくなってしまうだろう。私が考える産地とは『人が個人で作品を作り、多様なものが生産されている場所』であり、それは必ずしも大量生産されるわけではない。『個人の需要に即したものを、ピンポイントで、高価に』つまり、嗜好性の高いものを、この場所で、特別な価格でというコンセプトの産地なのだ。この考え方は、恐らくこれからの地方の主流の考え方になってくると、私は見ている。日比野氏が見たビジョンと私のビジョンとが、全く同じだとは思わないが、方向性という点で考えれば同じ向きなのではないか。私はそう感じている。
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