熊本県天草市にある丸尾焼という窯元の窯元日記です。陶芸に興味のある方はチェックすると面白いかも・
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2016年12月01日
日本製ということで最近話題のKnot(ノット・時計)を購入した。この時計メーカーのモノ作りのコンセプトが面白いと思ったからだ。日本は世界でも有数の時計生産地だが、最近は製造自体は海外で行うようになっているらしい。クオーツがムーブメントの主流となり安価なものが出まわり、国内生産の時計生産量自体が落ちているところに、携帯電話の普及で時計を、持たない人達が増えているらしい。私がノットに興味を持った理由は、日本の小さな製造業が・・・これから先どういう展開をすべきなのか・・・一つの道標になりうるのではないかと、思ったことが一番の理由だ。企業が大きくなることに力を注ぎ、賃金や雇用条件で海外に出ていくのであれば、残された中小企業は国内で生き残る方法を、見つけなければならない。ノットの時計にはそれに対する、一つの答えがあるのではないかと思ったのだ。
つい先程送られてきた時計を見た第一印象は、デザインがまだこなれていないという印象。しかし、これはしかたのないことだと思う。時計のフェイスデザインは長い歴史があり、デザイナーの腕の見せどころであるフェイスデザインについては、まだまだこれからといった印象。もちろん、この時計メーカーは現在のところ高級路線の時計を作っているわけではないし、今の時点では高級なメーカーを目指しているわけでもないと思う。このメーカーが目指しているところは、目の超えた日本人に合格点をもらえる時計なのだろう。3万円程度で購入できるクオーツ式の時計を国産化する・・・というのが今の段階での企業戦略なのだろう。この辺りから始めるのがおそらく一番リスクが少ないやり方だと思う。デザインも際立っているわけではないが悪くはない。良いスタートを切ったというのが私の感想だ。
本当はセイコーにこういった時計を作って欲しかったと思う。なぜならセイコーは世界最高峰の機械式クロノグラフを作っていたからだ。時計職人も優れた人たちがたくさん居て、他の追従を許さない精密時計を作っていたのだ。しかし、世の中はクオーツだということで、セイコーはクオーツ時計に軸足を完全に移してしまった。それが資本主義下での会社として正しい進み方かも知れないが、機械式時計の生産をもっと残しておいても良かったのではないかと思う。生産技術が進めば進むほど、人間が作る物の価値は高くなるはずだから、最高のものを作れるのは、人の手だろう。尤もそのあたりの商品になると、スイスが圧倒的な存在であり、スイスを凌駕することは出来ないという判断があったのかもしれない。
時計を日本製で作るというコンセプトは、とても素晴らしいことだと思う。もちろん日本には世界的な大手メーカも存在する。その中にあってメイドインジャパンを作るという発想は、これからの日本のモノ作りが進めていかなければならないターゲットだろう。日本は1%の大企業と99%の中小企業が存在する国だ。99%の中小企業が持つ技術力こそが、この国の工業力の源泉だとも言われている。この力を使って世界に向けた特別なものを展開していけば、素晴らしい物になるに違いない。何も時計だけではないはずだ。ノットだけではないはずだ。。。。ロールオーバーマシンメイド。そんなものが沢山出来る国になれば良いと思う。すべての条件は揃っているのだから。
| モノを考える
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2016年11月30日
来年5月に開催する『天草花しょうぶ祭り』の第1回企画会議。私はこのイベントの企画委員長を務めている。この企画の最大の問題は雨がよく降るということ。菖蒲の咲く頃は、だいたい梅雨の入りということが多く。毎年雨に悩まされている。今年は5月の20日から開催するか、27日から開催するかで日程を見直してみた。過去30年間の降雨確率を洗い出し、5月27日前後の雨の確率が多い場合、5月20日開催で進めようと考えていたが、調べてみるとほとんど雨の確率は変わらす、変わらないのであれば5月27日開催で進めたほうが、良いという結論に達した。
花の見頃は5月の後半のほうが確実性が高い。5月の27日で3分咲きくらい、20日であればようやく蕾がという段階ではないか・・・そう考えれば、やはり5月27日開催のほうが良いという結論だった。当初、私は5月の20日と27日では、降雨に関して明らかな偏差があると考えていたので、調べてみて少し驚いたが・・・最終的に日程を変則しなくても良かったので、良い方向に落ち着くことが出来たと思う。30年という時間軸で平均をとってみると、ほとんど違いがないということで、すっきりとした結論をつけることが出来た。
花しょうぶ祭りは晴れていれば土日で10000人程度の来園者があるイベント。これが雨になると半分以下の来園者となる。雨が降ると半分以下になるということは、食品で出店しているところにとっては死活問題。晴れるととても気持ちの良い気候なので、弁当を求める人も多いが、雨で人出が減るととたんに弁当などが売れなくなる。野外のイベントにとって雨は常に厄介な事象なのだ。陶器は腐ることもないし、その日に売り切る必然もないが、弁当や生物を売る人達にとっては、その日の天候は博打を打つようなものだと思う。もちろん、それ以外の業種でも天気が悪いと客足も減るわけで、雨は恨み事に近い。
集客についての企画も、一度振り出しに戻って考えて行こうと思う。花しょうぶ祭りをこれからどうするのかも含めて考えてみたい。西の久保公園はほんとうに良く出来た公園だ。華美ではないところや、全体が広い公園点もよく出来ている。広いというメリットを生かし、様々なことを行える場所だと思う。そこをどう使うか・・・我々の知恵が試されると思う。公園に来る人達が花を愛でることと同時に何を求めているのか・・・その辺りから、じっくりと考えを進めていきたい。基本的なノウハウとやる気はあるのだから、どのような未来を見つけるのかを考える必要がある。企画委員会の最も重要な仕事は未来を指し示しながら今の計画をたてることだろう。そのことを肝に考えてみたい。
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2016年11月29日
天草大陶磁器展の総括の時期に差し掛かっている。今年は天候に恵まれ、会期も6日間と例年より一日長かったので、全体として非常にうまく回すことが出来た。おそらく今年よりもうまくゆく事は今後・・・難しいのではないかという話も出るくらいで、来年、今年より更に良くするためには、一年掛かりで考えていく必要があるのだろう。今年よりも来場者を増やすためには、今年より早くから企画と準備をしておかなければと思う。それが結論であれば、今年度のうちから、準備を進めなければならないし、年間を通した計画もしっかりと創りあげなければならないと思う。
天草の場合人を呼ぶことから考える必要がある。熊本市からは・・・2時間。福岡からは・・・3時間半。近くに大きな都市が無いことが、天草のもっとも辛いところで、この距離感を覆すためには大きなインパクトの有ることを、もっとたくさん詰め込んでいかなければと思う。それだけの距離と時間を掛けても、行ってみたいと思うような何か。イベントにそういった仕掛けをふんだんに取り入れなければ、これ以上・・・人は集まらないのではないか。陶芸展の来年に向けた課題の肝は、ここにあるというのが、総括においての共通する思いだといえるだろう。それと平行して考えて置かなければならないことは、天草に来た人達に日常的にどうアッピールしていくかだろう。陶芸展は年間で5日間のみの話なのだから、あとの360日をいかにして焼物と地域を結びつけていくかが重要だと思う。
陶磁器展自体は陶芸の産業化がテーマであり、産業化の基本は如何にしてお金を稼ぐのかということに収斂する。天草で焼物を焼いている人達が、生活しやすい環境を作り上げることが一番重要なことだろう。世界一焼物が売れる場所を作れば、世界中から焼物を作る人が集まってくるに違いない。地域の文化産業である陶芸を、振興するための最も効果のある行為は、焼物が売れる土壌を作ることなのだ。年間5日間焼物が売れる場所を作ることも重要だが、それ以外の360日間のほうがもっと重要だ。360日間天草に来た人達が、焼物を購入して帰っていくというスタイルをどうやって作り上げるか、私達が取り組まなければならないテーマだと思う。
どの地方もこれから先は、そういった実質的なことを中心とした振興策を打ってくるだろう。地方対地方の地域間競争が生まれることになる。この競争に勝つためには、理性的で合理的な計画を建てられるかどうかに、かかっているだろう。最小の予算で最大の効果が上がる計画を建てることが出来るか・・・自治体としては無限に予算があるのではなく、予算は限られているからだ。今の時代はアメリカ大統領でさえ、アメリカファーストだと宣言する時代である。その根底にはアメリカが繁栄しつつ生き残るというキーワードがあるのだろう。だとすれば・・・我々は天草ファーストで考えていかなければならない。これから先は、天草ファーストで物事を創りあげなければならないと思う。。いまはそういう時代なのだ。陶芸展の総括の始まりはそういうことだと私は考えている。
| 陶芸
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2016年11月27日
金憲鎬氏と私はほぼ同じ年令。この3年間ほど毎年天草に来てもらい、仕事の様子を若い作り手に見せてもらったり、モノ作りの思いを話してもらっている。金憲鎬氏の前に天草に来ていただいていたのが、鯉江良二先生。5年ほど私の工房に毎年来ていただいていた。鯉江先生は日本を代表するような巨匠。次男を半年間だが預かっていただき、指導して頂いた。鯉江先生の素晴らしさは人間性から発していると思う。天草の若い作り手は鯉江先生の姿を直接、見ることが出来て幸せだと思う。巨匠の佇まいを見ることが出来るのは、本当に稀有な経験だ。鯉江先生が陶芸家として、どんな息遣いかを直接見る機会を持てたことは、将来の若い人にとってかけがえのない財産になると思う。鯉江先生は私に『人を掘れ』と書かれた。この言葉を肝に銘じ、私は陶芸という行為を考え続けている。
金憲鎬氏とは年齢が近いということもあり、色々なことを話す関係だ。金さんは作家として仕事を続けている人なので、陶芸の産地形成を考えている私とは方向性が違っている。瀬戸という産地に育った人であり、そもそも産地形成などという、馬鹿げたことは考える必要はない。技術について話になった時。金さんは技術は必要であれば獲得するものだと話した。産地の場合・・・技術は転がっているのだろう。天草の場合は技術は意識しなければ、消え去ってしまうものだと考えていたので、その言葉にハッとしたことを鮮明に覚えている。考えてみれば陶芸ほど模倣の容易な仕事はないかもしれない。粘土という類まれなマテリアルを使い、培った技術で手業を模倣するのだから、技術を獲得することは、さほど難しいことではないとも思う。技術とは何なのかをもう少し深く考えていかなければならないと、思い至ったのは金憲鎬氏のおかげである。
昨日の日記に書いた金さんにとっての珈琲。それは彼の立つ場所を明確にした地平のようなものだ。大坊氏の仕事を見て『大坊勝次になりたいと思った』と金さんはいうが、人生の基準点を自ら設定することにより、日常に線を引いたとも言えるだろう。日常とは何なのか・・・『日常とは自らの基準線』だ・・・私は考えている。人はその基準線を定規として使いながら、自らを律していくのかもしれない。作家として金さんを考えてみれば、珈琲と大坊勝次という基準線を引いてしまえば、その基準線を伸ばしていくことにより、様々なインスピレーションを得ることができるはずだ。地平線が高ければ高いほど作品は昇華されたものになるだろう。鯉江先生の地平が鯉江自身なのに対して、金憲鎬氏は冷静な他者を含めてのラインが有るように思える。鯉江氏は瞬発の人だと思う。対して金氏は冷静な地平を持つ人だと思う。日常をどう考えるのか・・・それは陶芸作家にとっても重要なことだ。
若い陶芸家がこの日記を読んでいるとは思わないが、ものを作る人間の矜持として、日常の何かに拘ることから始めればいいと思う。お茶でも良いし、謡のようなものでも良い。出来れば孤高な人が存在する形のない何か。あまりにも高いものであれば、線自体も高くなりすぎるかもしれないが、自分がどうなりたいのかを考えれば、高みに線を引いてみることも重要かもしれない。同じ仕事の頂きを目標にするよりも、違う頂のほうが線が引きやすいとも思う。そう考えれば金憲鎬氏の選択は見事だと言わざるをえない。日常を高めることが出来れば、それは必ず人生に反映されるだろうし、作品に変化が起きるだろう。どんな仕事であれ、仕事を決定付けるのは紙一重の違いだから、紙一重の違いを作る根源が日常なのだと思う。禅僧の場合は掃除という日常を繰り返すことにより磨かれてゆくと聞いたことがある。丸を書き続けることにより高まっていくとも聞いた。日常をどう捉えるのか・・・日常をもっと考える必要がある。
| 生きること
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2016年11月26日
この2日間・・・バッグについて考えていた。技を自分の身に付ける・・・身ひとつから始まり。自分が普段身につける身の回りについての考察を進めたことになる。身の回りと書いて気がつくのは、私の仕事である陶芸もまさに身の回りに存在するモノということ。今回の陶芸展でゲストとして来てもらった金憲鎬氏は著名な陶芸家でもあるが、珈琲についても造詣の深い人だ。彼との話の中でいまはなき『大坊珈琲』の大坊勝次氏のコーヒーを飲んだ時に、珈琲との素晴らしい出会いがあり、それ以来・・・珈琲が自分の軸になったと話をしてくれた。身の回りに珈琲という軸が出来ることにより、自分の基準点が出来上がったということだった。金憲鎬氏の工房を訪れたことのある三男は、そこで出してもらった珈琲の味が素晴らしかったと、朝と昼と夜とでは珈琲の味が違ったと、今でも興奮気味に口にする。金憲鎬氏には身の回りに格別の基準があるということ・・・つまりはそういうことだと思う。
金さんは珈琲に基準点を持つことにり、自らの仕事を高めていった人なのだと思う。大坊珈琲店の大坊勝次氏に魅せられて、そこに基準を置くことにより陶芸という平原にも基準点を見出した人といえば良いのだろうか。私が普段飲む珈琲は、ネスプレッソマシンで抽出するアルペジオというカプセルだ。私はこのカプセルを、かれこれ10年位は飲んでいる。自室の机のそばにもエスプレッソマシンが置いてあり、マシンで入れた珈琲を今も飲んでいる。私がエスプレッソマシンで淹れた珈琲を常飲するのは、味が一定していることとアルペジオというカプセルが、私の許容出来る味だからだ。珈琲という身の回り一つとっても金憲鎬氏と私との違いがはっきりしてくる。もちろん、どっちがという意味ではなく、大坊勝次氏との出会いで珈琲という基準点を見出した金氏と、珈琲に平均点を求める私は、基準をマシンに委ねたということだが、モノ作りとしての展開の違いもその辺りにあるのかもしれない。
大坊勝次氏と金憲鎬氏には今年の天草大陶磁器展に来ていただき、私の工房でそれぞれの珈琲を淹れて貰った。その時書いたパンフレット用文章があるので、それを紹介したい。
『大坊珈琲の時間』を楽しむin丸尾焼 Vol2
大坊勝次氏がポットを握り抽出作業に入ると一瞬で静寂が訪れる。そこに居る全ての人が固唾を呑んで見守る。コーヒーを抽出する所作は普遍にも見えるし、融通無碍にも観える。コーヒーという一雫に人生を掛けた存在のみが、表すことの出来る至福がそこに展開されるのだ。一瞬に込められた永遠。飲む至福。今年もそんなひとときが訪れようとしている。
工房珈琲 『キム・Cafe』
天草大陶磁器展の縁で、瀬戸にある金憲鎬(キム・ホノ)氏の工房を訪れる天草の陶芸家が増えている。山の中にある工房を訪れた人達が共通して口にするのは、もてなしに頂いた珈琲の美味しさ。作品はもちろんだが・・・出された珈琲の美味しさを熱く語る人が多い。キムさんの珈琲こだわりの始まりは『大坊珈琲』だという。今年も大坊勝次氏の天草での『大坊珈琲を愉しむ』催しが決まった頃。キムさんにも連絡を取った。天草で『キム・Cafe』をしませんかというお誘いだった。『いいね』とキム氏・・・どうせなら天草で作ったコーヒーカップで出したいね。ということで・・・10月1日より3日まで、天草に滞在しキムCafe用のキムCAP作りを行ってもらった。何処で店を開きますか???丸尾焼きの工房でどうですか??? いいですよ。。。と、トントン拍子に話は進み。工房珈琲『キムCafe』のオープンが決まった。ケーキを作るのはキム氏の指名で陶芸家の木有子氏。コーヒー抽出協力は懐水集の福本氏。丸尾焼展示室では大坊珈琲。工房ではキムCafe。。。贅沢な贅沢なひとときをお約束いたします。
珈琲から考える身の回り・・・バックを考えていたら、こんなところに行き着いたりする。人の思いはめぐりめぐるのだと感じている。
| 生きること
| 03:15
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